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李完用よりも日本人に愛される親日派たち 〜“韓流”の裏面、右傾化する日本の現実〜
張パリョン 忠北大学政治学科 講師
<南のインターネット新聞『デジタルマル』(2005年1月12日)より全文訳出>
(原文 http://www.digitalmal.com/)
(※読者の理解を手助けする為、諸所に()を使って、訳者としての補助的文言を加筆した)
近年、韓日間の文化交流が活発だ。韓国では日本漫画の翻訳・出版が活発であるし、歌手ユーミンのように韓国で活動する日本の芸能人も誕生する一方、流暢な全羅動訛で一躍スターダムに駆け上がった水野平のように真心の篭もったもてなしを受けている人物もいる。
中国・東南アジアを経て、日本においても韓流の風が激しく吹くようになっている。特にその中でも、“ヨン様(=俳優ペヨンジュン)シンドローム”が旋風の如く(日本社会を)駆け抜けているが、ペヨンジュン(という言葉、単語)は、『日本経済新聞』の選んだ“今年のヒット上品”の1位、『朝日新聞』が選定した“今年の流行語”の1位を占めるなど、多くの日本女性たちのアイドルとして参禅と輝いている。
“ヨン様シンドローム”と日本の右傾化
さらに、今年日本列島で最も多く使用された流行語は四字熟語であるという。“様様様様”である。ペヨンジュンを呼ぶのに、“四つの様(=四様)”、すなわち尊称である“様”を四個ほど付けるのである。これぐらい日本社会で吹き荒れる韓流の勢いは特級台風並みである。
歴史的事情によって韓日関係が必ずしも滑らかでない時期に、一筋の爽やかな韓流が起こっていることは良い動きであろう。このような動きはアジアに限らず、ヨーロッパや米国の言論にまで話題に昇る“ヨン様シンドローム”が、いつのまにか地球語になってしまった感があるほどだ。
しかし、私たちの(歴史的、社会的)事情がこの断片的な文化状況に気を奪われる時期ではないことも、また事実である。
2001年、小泉純一郎政権の誕生以降吹き荒び始めた日本国内の右傾化もまた、特急台風以上の勢力を持っている。
米国はブッシュ政権誕生以後、国際秩序を非理性的な権力政治により揺り動かしている。世界の警察と自認する米国の傲慢な政策と政治哲学・名分・倫理道徳の不在が、良心的な人類の憤怒を買っているのである。世界は冷戦終息後、一極覇権主義を追求する米国が専ら力のみで世界を支配しようとする帝国主義的退行時代を迎えている。
残念ながら日本の小泉政権もこのような(米国が作り出す)国際潮流にすばやく無賃乗車しているようだ。 上記のような国際的状況と絡み合うように右傾化一色へと変貌する日本において予想もしなかった韓流が勢いよく吹くとは異変中の異変であり、不可思議な現象である。
しかし今は冷静さを取り戻し、一度ぐらい理性を持ってこの矛盾する現象に判断を下す必要があろう。
(日本人にとって)親しみやすいコリアン
韓国内には2万名余りの日本人が生活している。これに比べて日本社会には60万名の在日同胞と10万名の韓国人たちが、駐在員、商社員、留学生、不法滞在者などの身分で滞在している。勿論すでに帰化した30万名余りの韓国系日本人まで含めれば100万名を越える数字となる。これではどの角度で見ても人的パワー面では韓国が日本より有利だことで見える。
しかしこれは数字の遊びに過ぎない。韓国に生活する日本人の数が日本に生活する韓国人の数より少ないことは事実である。が、在韓日本人たちの韓国に対する研究と情報収集の水準は、質的にはるかに優秀である。
日本の韓国研究はすでに壬辰倭乱(=日本で言う文禄慶長の役)以前から始まった。その“先駆者”は玄蘇という日本の僧侶ではないかと言われている。
明治維新以降には朝鮮侵略を目的に本格的な研究が始められ出した。日本の図書館へ行ってみると、歴史書籍の翻訳本は基本であり、七支刀(=百済王が日本王に送ったという宝剣)などの関連論文も数え切れないほど多い。一例として挙げるなら、古代史および竹島研究者だけを見比べても、日本人研究者は1千余名を越すのに、われわれの内部では指を折るほどしか存在しない。
このような渦中でも日本で大活躍する“親しみやすいコリアン”がいる。
筆者は、彼ら“親しみやすいコリアン”という存在はつまり、国と民族を売って財を築く親日派たちであると考える。
“親しみやすいコリアン”は、韓国人、中国同胞、帰化した韓国系日本人、在日同胞など、その構成分布図はさまざまである。彼らの一貫した主張や視覚は、“日本は見習わなければならない至高至善のモデル国家であり、われわれは悪である”という二分法である。
これらの代表的な人物は日本信者であることを自称し、キムチさえもわざわざ食べないと自称する呉善花である。彼女は韓日文化比較論者だと名を売り、韓国批判に熱を上げていたが、いつのまにか日本の永住権をも手中にしていた。
また、『韓国人よ真っ当になりなさい!』を発刊しながら、われわれへの罵倒に熱を挙げる中国同胞がいる。金文学と彼の弟である金名学である。金文学は中国瀋陽の出身で、植民地期の有名な詩人・尹東柱が留学した京都の同志社大学大学院の修士過程と広島大学過程を終えた人物である。筆者が1999年ソウルで彼に会った際、彼は日本への帰化を誇らしく話していた自称・韓中日文化批評家である。今では本当に日本への帰化申請をしたのか、日本の書店を見回すと韓国のみを非難した姿勢から抜け出し、きわめて激しい中国批判にも熱を上げている。
これら親日派たちは日本の右翼人士たちと頻繁に面会しながら、われわれへの非難に関する研究でもするのだろうか、その度ごとに非難の論調を強めて行っている。彼らは右翼人士と一緒に日本全国を回り、日本人たちに朝鮮民族非難の熱弁を吐いた代価を持ってパンを手に入れている。
李完用よりさらに愛される存在である親日派たち
彼らの1年のスケジュール中、講演日程でぎっしり埋まる程だと伝え聞いたことがあるが、筆者が京都に住んでいる時にも、“呉善花講演会”がビラで出回る程だった。
これ外にも自生的親日派として、『親日派のための弁明』や『娼婦論』において極端な主張を繰り返す金完燮も彼らに合流して石原慎太郎東京都知事と面談し、暖かい歓待を受けている。
金完燮は彼の著作が日本語で翻訳・出版されてベストセラーとなることで、“現代版親日派”としての特級の役割を果たしている。彼は“正統親日派”である呉善花や金文学よりも遅れて親日派の一員となったが、より一層の売国売族的な主張により、日本の極右人士たちにとっての貴重さは、まさに李完用以上の人物だと目されている。
※ 李完用:日本の圧力に屈し、朝鮮を実質的に植民地に陥れた1905年のウルサ五条約締結時の中心的人物。併合後、日本から爵位を授与され、野田伯爵と名乗った。近現代の朝鮮史における売国売族の代名詞的人物
在日同胞2世の父親と日本人の母親を持つ白真勲は、『朝鮮日報』日本支局長を経て日本に帰化した後、今年7月には民主党の参議院議員として当選した人物である。また彼は日本のマスコミにしばしば登場し、辺真一という別の在日同胞と一緒になって韓国非難に熱を挙げる特異な人物である。
一体どうしたことなのか、韓国では全羅動訛を流暢に駆使する水野平が脚光を浴びており、黒田勝弘(日本の産経新聞ソウル支局長)の主張は何の検証もされること無く、(その発言はまるで)一方通行状態(のように検証も無く妨げられることがない状態)である。
水野は韓国人たち、特に青少年たちに、流暢な全羅動訛のおかげで親韓派のように見なされ脚光を浴びている人物である。しかし、彼が日本で野平俊水というペンネームで出版した『韓国人の日本偽史』や『韓国反日小説の書き方』、『デタラメ本「韓日戦争勃発」』などを読んで見れば、彼が絶対に親韓派でないことが明らかになるだろう。
30余年間日本に帰国することなく、絶えず産経新聞ソウル支局に特派員として勤務する黒田勝弘どうようである。彼はしばしば高官待遇を受け、論客として名の通った教授たちが参与するMBC100分討論などのテレビ番組に登場するが、(その実体は)徹底した日本の右翼人士に区分される人物である。彼は私たちをよく知る知韓派だが、決して親韓派では無いという点で水野との共通点は多い。
検証もせず日本の右翼青年を韓国のTV放送局でアイドル扱いし、ビジネス上の利益追求にだけ没頭することも問題ではあるが、日本の右翼人士が月刊誌やテレビ番組で横行することも問題である。私たちは、検証もすること無く彼ら日本人の偶像化に終始するのでなく、知韓派と親韓派の違いぐらいは正確に区分して見る術を知らなければならない。
日本は明治維新(1868年)後、直ちに朝鮮(王朝)政府に対して、(これまでの水平的関係から)日本優位の外交関係へと転換しようとする提案を行った。朝鮮はこれを当然受け付けなかったが、その結果を聞くや否や、日本の世論で征韓論が広まった。
日本優位の不平等な外交関係を朝鮮に提案したことは、歴史歪曲に基づいたものだった。
朝鮮は日本の江戸時代に12回に渡り、日本の実質的支配者であった幕府の将軍に通信使を派遣したことがある。当時日本側では朝鮮通信使派遣と関連して、朝鮮の王が幕府の将軍と対等な地位を認定しあっているが、(明治維新によって将軍より上位にある天皇の支配する国となった)日本は、朝鮮よりも一段階上の上国であるとであると主張したのだ。
また日本の支配者を“(王よりも上位にある支配者に用いられる)皇”を使って呼称するように要求した。そこで朝鮮側では(“皇”という呼称を使う)日本との外交関係を容認(=朝鮮王<日本天皇という外交関係を認定してしまうので)できなかったのである。
このような朝鮮の理屈の通った反対に対し、(近代日本を代表する)思想家である福沢諭吉は、朝鮮を悪い友達だしながら悪友論を打ち出し、征韓論を主張した。
1873年、明治新政府の参議(=現在で言う閣僚)である西ク隆盛、板垣退助、外務卿(=大臣)・副島種臣らも朝鮮を征伐すべきだと主張しながら、これを政権争いに利用したぐらいであった。もし西郷が政権争いに成功していたなら、朝鮮半島は韓日併合条約よりも37年速く侵略されただろうし、それにつれて独立も難しくなっていたことだろう。当時岩倉具視などが欧米視察から帰国し、“富国強兵優先論”によって西郷たちを政権から追い出したが、朝鮮侵略という根本目的は変わること無く同様であった。ただ時期尚早論を述べていただけである。
日本版中華主義
私たちの立場からは日本の支配者を日王と呼ぶことは正しい。
日本の右翼が“天皇”に固執する理由は、日本が韓国より上位の国であると主張すること、すなわち、大統領と日本の首相が対等な位置関係で外交関係を結んでいるなら、(首相より上位である)天皇のいる日本は韓国より上位の国となる、という認識から来ている。
それ故、黒田のような日本の右翼人士が国際慣習を盾に取りつつ、“日王”という呼称を“天皇”という呼称に変更するように繰り返し要請するのである。(何故なら)彼らの主張の裏側には、まさに天皇国家である日本が、大統領制をとるわれわれより一つ位の高い上位の国であるという傲慢無礼な認識が隠されているからである。
1998年、当時の金大中大統領が日本を訪問した際日王は、晩餐会の席上で祝杯を挙げ、“コマッソ(=有り難う)”という目下に使うぞんざいは言葉で(大統領を)歓待した。そしてこの姿は日本の国営放送であるNHKでそのまま放映された。
このような態度は明らかに外国の貴賓に対する外交儀礼に反する行為であるにもかかわらず、外交通商部を初め政府は一言半句の抗議も行えなかった。本当にもどかしい限りではないか。
日王が大統領にぞんざいな言葉を使う姿を日本国営放送でそのまま流したということも問題である。しかしさらに深刻なことは、この事件が、“日本=上位の国”という“日本版中華主義”の一側面を日本の国民たちに見せ付ける為のものであったと考えうることだ。
右翼人士である黒田勝弘のレポートは、韓国のある月刊雑誌(=朝鮮日報社系列の雑誌)にまったく校正を受けることも無く随時掲載されている。韓国のえせ右翼勢力が日本人の口を借りて自分たちの主張を広めようとするのだが、むしろ正統日本右翼の主張だけを広める羽目に陥っているのだ。
視聴者たちは黒田のような正統日本右翼たちが、MBC100分討論に招待され、韓日の様々な論点に対して論ずる際、その強引な理屈をそっくりそのまま受け入れなければならなかった。
(何故なら)雄弁家として鳴る教授たちすら彼の述べる意見に相槌を打っていたからだが、彼ら教授たちが一体(黒田の主張から)何を学び、(日本の右翼人士である黒田から)どのような高言と助言を聞こうとしたのだろうかと、筆者としては頭がコンガラガルばかりだ。
彼のみならず、日本の『毎日新聞』ソウル特派員を経て、現在拓殖大学アジア太平洋学科の教授である重村智計という極右人物も、時々討論の場に現れるようになった。
一体このような右翼人士を呼んで何を聞こうというのだろうか。
重村智計という、われわれを猛烈に非難する根っからの右翼人士である彼の著書、『韓国病・朝鮮病』(光文社・1
997年)だけを読んで見ても、われわれへの愚弄的言説を持ってメシの種にしているような日本の右翼人士というものを十分に知る必要がある。
まだまだ私たちは、日本の右翼勢力の実像というものを余りにも知らなさ過ぎるではないかともどかしくなるば
かりだ。 まだまだわれわれは日本との思想戦において無策で負けているようではがゆいばかりだ。
外国の勢力を引き込んででも既得権を守ろうとする無分別な反民族的勢力がわれわれの内部に寄生していい
いのかを深く反省し自問自答してみよう。日本人たちをよく知ることで、韓国で大活躍しているの日本の右翼人士たちを正確に見抜くことの出来る鋭い視点を持たなければならない。
(日本での)韓流に浮き足立つよりは、冷静な心情と理性によって現在の時代状況をしっかりと判断し対処していけるなら、私たちの未来は明るいものとなるだろう。 |
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