1990年〜1999年
1990.8
第1次汎民族大会
11.24
留学同結成45周年記念祝賀宴開催
1991.8.1〜4
同胞学生フェスティバル「マダン91」開催
12.13
「南北間の和解と不可侵の及び協力交流に関する合意書」採択
1992.1.20
「朝鮮半島の非核化に関する共同宣言」採択
7.19
在日本朝鮮青年同盟(朝青)、在日韓国青年同盟(韓青)共同集会「7・4共同声明20周年記念 祖国の平和と統一のための青年フェスティバル」開催
8.15
第3次「汎民族大会」及び「汎青学連」結成式に留学同代表6名が参加
1993.4
「祖国統一のための全民族大団結10大綱領」支持実現するための署名運動展開
10
留学同広島支部再建
11
留学同関東、朝大、日本人学生との共同主催で「日朝友好親善のためのフレンドシップ’93」開催
11〜
留学同京都、「朝鮮学校の待遇改善を求める署名運動」展開−以降、全国へ運動拡大
1994.1
留学同大阪「日朝学生フレンドシップコンサート」開催
7.8
金日成主席逝去
8.15
第4次「汎民族大会」及び「統一大祝典」に留学同代表が参加
1995.2〜6
「阪神・淡路大震災」被災者救援運動を展開
5.14
留学同西東京本部結成
5.24
金正日総書記が総聯結成40周年に際し書簡「在日朝鮮人運動を新たな高い段階へ発展させるために」発表
8
国連人権小委員会に朝鮮学校卒業生の大学受験資格問題を訴えるため代表派遣
10.21
留学同結成50周年記念祝賀宴開催
1996.4
「民族学校出身者の受験資格を求める全国連絡協議会(民全連)」結成、署名活動展開
6
国連人権小委員会に朝鮮高校卒業者の看護学校への受験資格問題を訴えるため代表派遣
6.11
留学同神奈川県本部結成
10.26
留学同埼玉県本部結成
1998.5
国連子どもの権利委員会に民族学校の処遇改善を訴えるため代表派遣
8
国連人権小委員会に民族学校の処遇改善を訴えるため代表派遣
自主的平和統一のために、単身共和国へ渡った文益煥牧師や林秀卿学生らの行動を受け継ぎ、南北、そして在日を含む海外の諸団体と同胞が結集し、
「祖国統一実現のための汎民族連合」が結成され、1990年8月15日、板門店で初の「汎民族大会」が開かれました。そして、汎民族連合下に「汎民族青年学生連合」が結成(92.8)
されるや、留学同はその構成団体として、統一運動をより活発化させ、汎民族大会に以降毎年参加してきました。
さらに留学同では「祖国統一のための全民族大団結10大綱領」支持・実現のための街頭宣伝や署名活動を展開しました。
一方、朝鮮学校生徒への定期券差別などに端を発する、民族学校処遇改善運動に呼応し、これをさらに学生自身の運動として発展させるため、
「民族学校出身者の京都大学への受験資格を求める連絡協議会(民受連)」の結成(93)を契機に、大阪大学・名古屋大学などでも民受連が結成され、
受験資格獲得運動は全国規模に拡大・発展しました。(民全連)この運動は民受連の同胞学生を代表としてスイス・ジュネーブの国連小委員会に送り、
その報告・発言、全国国公立大学の受験資格状況の調査報告などをマスコミに大きく報道(96.7)し、文部省と直接交渉(96.12)を行うなど、
同胞の権利獲得運動を積極的に展開してきました。 |